大学生の時はよくヨーロッパ旅行をしており、各町で教会の礼拝やコンサートに出かけることが好きでした。
日本のお寺とお墓の関係のように、ヨーロッパでも教会の横にお墓が立っていることが大半です。
数多くの教会と墓地巡りをした私の経験の中でも、南ドイツにある小さな町、フライブルクにある墓地の温かさが今でも忘れられません。

墓地が温かい、なんて不思議に思われるかもしれませんが、確かに温かい雰囲気がありました。
墓地には誰もいなかったのに、生きた人の空気があったのです。

この旅行は一人旅でした。

南ドイツで出会った墓地の花畑
大学の友人とうまくいっておらず、気分転換にええい!と思い切ってチケットを取り、飛行機に乗りました。
そのような状況であったからなおさらだと思いますが、一人になりたい気分と誰かと一緒にいたい気分が相まって
死と生が交わる墓地という場所に強い印象を持ったのだと思います。

旅行は3月はじめの寒さが厳しい、時に雪がちらつく時期でした。
そうであったにもかかわらず、パンジーのような小さな花がところどころに咲いており、
その花々が植わっている土は黒く、やわらかく、人の手が入っていることが一目瞭然で、心配りがされていることが伺えました。

もちろんお墓一つ一つは綺麗に掃除がされており、日本のお寺の隅にある苔むした墓標なんて存在しません。
墓標の前にはチューリップやユリがリボンで束ねられ、そのブーケもきっとその日の朝に置かれたものだったと察せられます。
蕾は固く閉じていましたが、茎や葉の薄緑色には生命を感じられ、実はここが墓地だなんて、最初は全く気が付かなかったほどです。
ドイツの教会は公園のような雰囲気があると聞いたことがありましたが、実際に訪れてみて「なるほど」と言わざるを得ず
時間があればもう少し過ごして、地元の人がどのような関わりを持っているのかを目にしたいと思いました。

墓地も印象的ですが教会の説明も

南ドイツで出会った墓地の花畑

教会そのものも、なんともかわいらしい小さな教会です。
壁の色は薄いパステルイエロー、屋根は焦げ茶色の三角屋根で、町の中心からトラムで10分揺られるとその教会にたどり着き、
教会の裏にはシュヴァルツヴァルトの針葉樹林の青々とした緑があり、近くには小川が流れています。
3月の寒さの中には春の気配があり、雪雲の隙間から差す光に照らされて教会の建物も周囲もきらきらと輝いていました。
冷たい空気の中で深く息を吸うと、気管に空気が通っていくことをありありと感じ、
それと同時に、やわらかい日差しに照らされて体が温まるにつれて心が高揚していくような感覚もありました。
東京の街中では決して出会えない、至福のひと時であったことを5年以上経った今でもよく覚えています。

他のヨーロッパの町を振り返ってみると、逆にそれはそれで怖くて覚えていますが
まさしくホーンテッドマンションのような暗い不気味な墓地は鬱々とした場所でした。

そのような町と比べると、やはりフライブルクの教会と墓地は格別です。
思い出補正も入っているかもしれませんが、フライブルクの美しい天気、メルヘンな教会、人々の心を感じられる墓地はもう1度訪れて目にしたいものです。
マリアージュといえばいいのでしょうか。
様々な要素の組み合わせで出会えたこの感情に、死ぬまでに再会したいと強く願っています。

旅行から帰ってきてからは部屋に花を飾ることが習慣となっています。
チューリップやユリ、時には赤いバラを買って生を感じることを求めています。
しかしそのような花を見ることで、本当は何よりも旅行中に五感をフルに使って味わった清々しさやぬくもりを見出しているのだと思います。